対数正規サイズ分布に従う球形結晶粒からの理論回折ピーク形状(SLN プロファイル)を正確に計算する方法を見つけました。
原著論文 [T. Ida, S. Shimazaki, H. Hibino & H. Toraya, J. Appl. Cryst.36, 1107-1115 (2003)] の別刷は別のページからダウンロードできます。
日本語で書かれた詳しい解説をダウンロード可能な PDF ファイル(約 1.2 MB) として提供します。
名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター年報, 3, 23-35 (2003) に掲載した解説記事 "粉末X線回折ピーク形状における有限な結晶粒サイズの効果" を一部加筆修正したものです。
私は 1997 年頃から粉末X線回折法を勉強しはじめたのですが, そのきっかけとなったのが,当時微粒子のキャラクタリゼーションの必要があり, X線回折法で粒子の大きさを評価したいということでした。
小さい粒子の大きさを調べるためには,まずは光学顕微鏡, さらに小さくなったら電子顕微鏡を使うというのが普通の考え方でしょう。 でも,電子顕微鏡で粒子の大きさを正確に調べるのにはかなり難しい面もあるのです。
電子顕微鏡の代表的なものは「走査型電子顕微鏡 (SEM)」と「透過型電子顕微鏡 (TEM)」です。 走査型電子顕微鏡では試料の表面しか見ることができません。 小さな粒子と大きな粒子が混ざったものを観察した場合, 表面に現れる細かい粒は目立って見えますが,中の方の大きな粒が見えません。 また数 nm 以下の大きさの非常に細かい粒を見るためには 電界効果型走査型電子顕微鏡 (FE-SEM) という特殊な装置が必要です。 試料が導電性を持っていない場合には, 帯電してしまってぼやけた像しか見えない場合もあります。
透過型電子顕微鏡で高分解能なものだと原子像まで見える場合もあるのですが, 電子を透過させるためには非常に薄い試料が必要になり, 原子像を見ることができるのはだいたい 10 nm くらいまでの厚さの場合に限られるようです。
ところが,結晶性の粒子の場合には,かなり厚い試料であっても,試料に導電性がなくても,X線回折を使って大きさを評価することができます。 X線回折測定に使うX線は典型的な物質の場合だと 0.1 mm ていどの深さまで透過することができます。 しかも,これは別に試料の厚さが 0.1 mm ていどでなければいけないという意味ではありません。 一般的な粉末X線回折測定は「反射モード」で行われるのですが, 試料が厚い場合にはその表面から 0.1 mm ていどの深さまで潜り込んだX線による回折が観測されるというだけのことです。 ですから,試料の内部と試料の表面 0.1 mm 厚さの範囲とで構造に大きな差がなければ, どんなに厚い試料でも全体の平均的な構造を評価できるわけです。 さらに, もし表面と内部に差があったとしても, 試料全体を概ね 0.01 mm 以下くらいの大きさまで粉砕してむらなく混ぜ合わせることは容易です。 したがって,X線回折法が使えれば, 試料全体の平均的な粒子の大きさを調べる目的では電子顕微鏡に比べてずっと楽な場合が多いのです。
おおざっぱに言うと,結晶粒が大きいと粉末回折ピークの幅は狭く, 結晶粒が小さいと粉末回折ピークの幅が広くなります。 ですから回折ピークの幅の広がりを調べれば「結晶の小ささ」がわかります。
このことはX線が結晶によってどのように散乱されるかを考えれば想像がつくでしょう。 散乱体が点電荷の場合には,振動電場から力を受けて電荷が振動運動するので双極子輻射が発生します。 双極子輻射は大まかには指向性を持たない波だとみなしても良いでしょう。 散乱体が原子の場合には,電子の存在確率が空間的に分布を持っているので, 干渉の効果で進行方向への散乱がやや強くなる傾向が現れます。 散乱体が原子二つの場合には,その並び方によって進行方向以外の特定の方向でも散乱強度が やや強くなってきます。 規則正しく並んだ原子の数を増やしていけば原子の並びに応じて特定の方向に向いたピーク状の強い散乱だけが残り, これが普通の意味での回折です。 結晶が無限に大きければ回折ピークの幅は厳密にゼロになりますが, 現実の結晶の大きさは有限なので回折ピークの幅も有限であり, その幅は結晶の大きさに対応するものになるわけです。
2007年8月7日