名古屋工業大学
先進セラミックス研究センター
舟橋秀斗 訳(井田 隆 監修)
2009 年 8月に発表された論文:
“Evaluation of particle statistics in powder diffractometry by a spinner-scan method”,
T. Ida, T. Goto & H. Hibino,
J. Appl. Cryst. 42(4), 597-606 (August 2009).
[reprint]
を日本語に訳し,注釈を加えたものです。
実験室型粉末X線回折計のスピナー・アタッチメントの回転角に関するステップ走査測定によって,粒子統計による観測回折強度の不確かさを評価しました。 この不確かさは,回折条件を満たす結晶子の数が有限であることに起因します。 スピナー走査強度データから周期的なドリフトおよび計数統計による分散を差し引いた残りの統計分散は,粒子統計によって引き起こされたものと帰属されます。 標準 Si 粉末 (NIST SRM640c) と,沈殿法によって分級された3分画の石英粉末(公称ストーク径 3—7 μm および 8—12 μm, 18—22 μm) の粒子統計について,走査型電子顕微鏡 (SEM) 観察と粉末X線回折計を用いたスピナー走査法によって解析しました。 観察された二乗回折ピーク強度と,粒子統計による分散との比は,結晶構造から予測される反射多重度に比例することが確かめられました。 SEM 画像解析で有効結晶子径 5.6 μm と見積もられた標準 Si 粉末 (NIST SRM640c) のスピナー走査強度データを標準データとして用いて,石英粉末の結晶子サイズをスピナー走査強度解析により行いました。 3種類の石英粉末試料の有効結晶子径は,SEM 画像解析によって 7.1 μm および 12 μm, 25 μm と見積もられたのに対して,スピナー走査データの解析ではそれぞれ 6.5(2) μm および 11.7(2) μm, 22.8(2) μm と見積もられました。 スピナー走査法に基づく粒子統計解析の他の応用への可能性についても議論します。
測定されたX線回折強度データに含まれる統計誤差は,主に計数統計および粒子統計から生じることが知られています。 計数統計によって引き起こされる誤差は,計数率(単位時間当たりのカウント数)が検出器系の応答時間の逆数より十分に低い場合,単純に「測定されたカウント数の平方根」で近似されます。 最近,著者のうちの1人は,X線検出器系の有限な反応時間の影響を受けた統計誤差を見積もる実用的な方法を提案しました (Ida, 2008)。
計数統計が,放射線や光子の計数,ニューラル・カウンティング (Teich, 1985) を用いるような多様な分野で共通の一般的な問題であるのとは対照的に,粒子統計は粉末回折測定に特有の問題です。
この問題に関する Alexander ら (1948) の先駆的な研究によって,粒子統計に関する理論的な枠組みは,ほぼ確立されました。 回折に寄与する結晶子の数が限られていることによる回折強度の相対偏差は,単純に以下の式で与えられます。
ここで neff は回析条件を満たす有効な結晶子の数です。 有効粒子数 neff は,X線が照射されている結晶子の総数 N と,各結晶子が回折条件を満たす確率 p とに対して neff = N p と関係づけられます。ただし確率 p は1よりずっと小さい値だとします。
全照射結晶子数 N は以下の式で与えられます。
ここで f は粉末試料の充填率であり,V は,X線ビーム断面積 A と試料の線吸収係数 μ に対して,以下の式で与えられる照射体積です。
ただし,対称反射モードで固定開き角の発散スリットを用いて回折強度データが測定されるとします。
結晶子サイズ分布を考慮に入れた場合,式 (2) 中の有効粒子体積 veff は,結晶子の体積の二乗の平均と体積の平均の比によって定義されます (Alexander et al., 1948)。
バルク(塊)の線吸収係数を μ0 とすると,充填率 f の粉末の線吸収係数 μ は μ = f μ0 で与えられるので,式 (2) は
と変形できます。 ⇐ ここが本法を実用的なものとする重要なポイントであることに注意してください。充填率 f が低かったとしても「体積当たりの粒子数の減少」の効果と,「侵入深さの増大」の効果がちょうど打ち消し合うので,粉末の充填率が変わっても結果は変わりません。計算に用いる値は試料のバルク線吸収係数(充填率 1 のときの線吸収係数) μ0 であり,充填率に依存する粉体の線吸収係数 μ ではありません。 静止試料におけるランダム配向結晶子についての確率 p は,次式で近似することができます。
ここで meff は「有効多重反射度」であり,Δω と Δχ は,回折面法線方向がそれぞれ赤道方向と軸方向に傾く許容角です (de Wolff, 1958)。
回転試料の効果が,許容領域の面積(立体角)が長方形 ΔχΔω から円 π ( Δω )2 / 4 へと拡大することと等価であると単純化して取り扱えば,回転試料における結晶子についての確率 p は次式で与えられます。
重なった反射について有効多重度 meff は成分反射の多重度 mj と強度 Ij とから,以下の式で定義されます (Alexander et al. 1948)。 ⇐ Alexander らの論文では必ずしも「有効反射多重度」という言葉や対応する記号が使われているわけではありませんが,Alexander らによる重畳反射に関する統計分散の扱い方に基づいて自然に導かれます。
許容角 Δω と Δχ は次式により与えられます。
ここで,R はゴニオメータ半径で,θ はブラッグ角,w および h は,それぞれX線源線焦点の有効幅と有効長さです (de Wolff, 1958)。
上の式は,もともと回折ピークの積分強度に関する統計的性質 (Alexander et al., 1948) を記述することが意図されたものですが,有効幅 w の解釈を変更するだけで,ピーク強度にも適用できます (de Wolff, 1958)。 ピーク強度の有効幅 w は,主にX線源の幾何学的形状によって決定されますが,回折条件の制約の下で「X線ビームの分光幅」や「受光スリットの幅」の影響を受ける可能性もあります。 有効焦点長さ h は,現代の Bragg-Brentano 型回折計では共通して用いられる Soller スリットの開き角 ΦA によって, h = R ΦA の関係で決まると考えられます (Smith, 2001)。
回折角 2θ = 28.4º,多重度 m = 8 の Si 111 反射について,R = 185 mm, w = 0.1 mm, ΦA = 5.0º という典型的なケースでは,固定ロッキング角で静止試料および回転試料中で結晶子が回折条件を満たす確率は,それぞれ p = 6.0 × 10−5,1.5 × 10−-2 と見積もられます。 試料体積が 3 mm3 であるとすれば,5 μm の結晶子について粒子統計による相対誤差は,それぞれ ΔIparticle / 〈I〉 = 1.9 %, 0.12 % となります。
回折面法線方向の軸方向に沿った許容角 Δχ = ΦA / 2 sin θ の方が,赤道方向に沿った許容角 Δω = w / R よりずっと寛容であり, 試料を回転させることによって得られる精度の向上は, 主に回折計の幾何学によるものであることを強調すべきでしょう。 ⇐ 試料を回転させることによる統計誤差の減少が,「照射面積が広がるからだ」と勘違いをしている人が多いのですが,これは間違った考え方であることに注意してください。
アスペクト比 Δχ / Δω は低角の回折ピークでは 100 を超える値になるので,試料をわずかに( 1° 程度)回転させるだけで,試料ホルダに結晶性粉末を詰め直すのと同様の効果があることが期待されます。 単純に試料を回転させたときの回折強度の変化を記録することにより,粒子統計の定量的な解析が達成可能であることが示唆されます。 ⇐ これは重要なポイントです。 従来は,粉末を試料ホルダに詰め直して測定することによって粒子統計の評価が試みられていました。 実際に試料を詰め直す測定を 10 回以上繰り返すのは堪え難い作業でしょう。 統計学的に充分に意味のあるデータを得るためには,数百点の独立なデータが必要ですが,粉末試料を詰め直す方法では,事実上実現不可能です。
本研究では,Si と石英の結晶性の粉末試料について,固定回折角で試料の回転にともなうステップ走査回折強度測定を実施し,固定ロッキング角で収集された強度データに Alexander ら (1948) が提案した理論を適用することの妥当性を検討しました。 ⇐ ここも重要なポイント。Alexander らは積分強度について議論しているのであり,それを「固定ロッキング角で収集された強度データ」=「ピーク・トップの強度」にも適用できるかは(de Wolff による予測があったとしても)はっきりとはしていません。だから実験的に調査する意味があるわけです。 この方法により,1 μm より大きい結晶子サイズの定量的な評価が可能であることが示されます。 ⇐ ここに注目する人が多いのですが,かならずしもこの論文で強調したい内容ではありません。この方法で結晶子サイズを評価することの問題点もこの論文の中に示されています。 この方法の他の用途への適用可能性についても議論します。
標準 Si 粉末 (NIST SRM640c) は粉砕や分級をせずに使用しました。 保証書 (Freiman & Trahey, 2000) には,レーザー散乱法によって決定された Si 粉末のサイズの中央値が 4.9 μm と記載されています。
ブラジル産石英を粉砕し,沈殿法(水篩)で分級することにより,三分画の石英粉末試料を調製しました。 この3石英試料の公称ストークス径は 3—7 μm,8—12 μm,18—22 μm でした。
粉末試料の走査型電子顕微鏡 (SEM) 画像を,電界放出型走査型電子顕微鏡 (JEOL JSM-7000F) で撮影しました。 画像解析コンピュータ・ソフトウェア (Scion Image, Scion Corporation, Maryland, USA) を使って,粒子画像を SEM 画像から抽出しました。 抽出した粒子画像の数は Si について 1049 個,3—7 μm,8—12 μm,18—22 μm 分画の石英粉末のそれぞれについて 1134 個, 1049 個, 1391 個でした。 それぞれの結晶子のサイズは,粒子画像と等しい面積を持つ円の直径として指定しました。
直径 φ = 30 mm,深さ0.6 mm の円筒形の試料ホルダーの凹みを粉末試料で満たしました。 ゴニオメーター半径 R = 185 mm の従来型粉末回折計 (Rigaku RAD-2C) に設置した自作スピナーを使って,試料回転角のステップ走査測定を行いました。 X線源としては, Cu ターゲットの封入管を管電圧 40 kV / 電流 30 mA で用いました。 Cu ターゲットからのX線ビームの取り出し角は 4° であり,ダイレクト・ビームの 2Θ スキャン強度プロファイルから,X線源の有効幅は w = 0.12 mm と見積もられました。 発散/散乱スリットの開き角は ΦDS/SS = 1° に固定し,0.15 mm 幅の受光スリットを用いました。 試料位置に蛍光板を設置して測定したX線ビームの幅は Wbeam = 10 mm でした。 試料位置でのビーム断面積は A = Wbeam R ΦDS/SS = 32 mm2 と見積もられます。 ゴニオメーターの回折ビーム側に設置した湾曲グラファイトモノクロメーターは CuKα の波長に調整しました。
11 本の回折ピークのそれぞれについて,ピークトップの位置に 2Θ/Θ 角を固定し,360° にわたって 0.9° ステップで試料を回転させることで,400 点の回折強度データを記録しました。 ⇐ 360° / 0.9° = 400 各測定ステップで少なくとも数百カウントが得られるように,異なった反射ではステップあたりの計数時間を変えて測定を行いました。 測定した反射の hkl 指数と有効多重度 meff,計数時間を Table 1 に記します。 反射の有効多重度は Izumi & Ikeda (2000) により開発されたプログラム RIETAN を用いたリートベルト解析の結果に基づいて見積もりました。
Table 1
スピナー走査法で測定した反射
Si (NIST SRM640c)と3分画の石英粉末試料の典型的な SEM 画像を Fig. 1 と Fig. 2 に示します。 Si 試料について抽出された粒子画像を Fig. 1 の下側のパネルに描画しています。
SEM 画像解析から得られた Si 粉末の累積体積分布を Fig. 3 にプロットします。 観測されたサイズ分布は,対数正規分布,Γ-分布,Weibull 分布のいずれを使っても合理的なフィットが得られなかったので,以下の式で与えられる 「Γ-分布を変形した式」でフィッティングを行いました。 ⇐ 一般化 Γ-分布 “generalized Γ-distribuion” と呼ばれる分布であることが後でわかりましたが,執筆した当時は Γ-分布とワイブル分布を組み合わせて自由度を増やす意図からこの形式を考案しました。
ここで ρ は「測定できるサイズより小さい粒子」の体積分率で, D0 はモデル関数のスケール・パラメータ,α と β は形状パラメータです (付録 A)。 規格化された不完全 Γ 関数 P(α ; x) は次式で定義されます。
式 (11) は, β = 1 のとき普通の Γ 分布と一致し, (α + 3 / β) = 1 のとき Weibull 分布と一致することに注意してください。
最適化されたフィッティングパラメータは, ρ = 0.0077(4), D0 = 5.63(7) μm, α = 0.210(17), β = 3.57(9) となりました。 ここで,括弧で囲んだ誤差の数値は,測定された直径が一定の誤差 ΔD = 0.1 μm を持つと仮定して算出したものです。 ⇐ ρ = 0.0077(4) ということは,「見失っている体積が 0.8 % 以下であり,ほぼ無視できる」ということを意味しています。 結果として,Alexander ら (1948) の研究で仮定されたのと同じように, 見失った割合 ρ は無視しうるものと仮定できます。 D ≡ ( 6 veff / π )1/3 で定義される Si 粉末の有効直径は,生データ { Dj } から直接以下の式:
で見積もることもできますし,フィッティングパラメータ D0, α, β からは,以下の式:
を使って見積もられます(付録 A, 式 (34))。 Si 粉末の有効直径は,生データからは (Deff)raw = 5.6 μm , フィッティングパラメータからも (Deff)fit = 5.6 μm と見積もられました。
SRM640c の体積分布に関するメジアン径の値は,保証書には と記載されているのに対して,測定された直径の生データから数値的に計算すると 5.3 μm となり,最適化されたフィッティング・パラメータから計算した曲線から求めると 5.2 μm となりました。
ここで用いている方法では,SEM 画像を取り込むときの視線方向に沿った寸法を,粒子像と面積が等しい円の直径(円相当径)に等しいと仮定していますが, 非球形の粒子が基板に付着する際には,最も短い径を基板の面に対してなるべく垂直に向けようとすると考えられます。 したがって,この方法では直径の値を少し過大評価しているかもしれません。 しかし,本研究では,Si の有効径を (Deff)Si = 5.6 μm と仮定しています。 ⇐ むしろ,この SEM 画像解析のやり方では,必ず粒径が過大に評価されるはずです。SEM 画像解析の結果と粉末X線回折スピナー走査法の結果が食い違っていたとしたら,むしろ SEM 画像解析の結果の方が怪しいと疑うべき合理的な理由があることに注意してください。Alexander らは [(短径)2(長径)]1/3 という値を求めており,この値の方が過大評価の程度は若干軽くなるはずですが,単純化のためにこの研究ではこの方法を採用していません。
SEM 画像解析から得られた石英粉末の累積体積分布を Fig. 4 にプロットします。 石英試料の体積分布は,以下の式で示す対数正規分布に基づいたモデルで充分に良くフィットします。 ⇐ NIST の標準 Si 粉末の粒径分布が対数正規分布ではフィットできなかったのに対して,沈降法で分級した石英粉末の方は対数正規分布で良くフィットしたということに注意してください。実際,Fig. 1 の Si の写真と,Fig. 2 の石英の写真とを比べると,Si 粉末の粒の形状の方は,かなりいびつで粒の大きさも不揃いであることがわかります。
ここで ρ は「測定可能なサイズより小さく見失われている体積」の割合で, Dm はメジアン径,ω は対数標準偏差です。 誤差関数 erf(x) は次式:
で定義されます。
Table 2 に,最適化されたフィッティング・パラメータと有効径, (Deff)raw, (Deff)fit を記載しています。 対数正規分布について最適化されたフィッティング・パラメータ Dm と ω とから,以下の式:
を使って有効径 (Deff)fit が計算されます(付録 B)。
Table 2
石英粉末の SEM 画像解析の結果
Figure 1
Si 粉末 (NIST SRM640c) の SEM 画像と抽出された粒子像
Figure 2
α-石英粉末 (a) 3—7 μm, (b) 8—12 μm, (c) 18—22 μm 分画の SEM 画像
Figure 3
Si (NIST SRM60c) の累積粒子径分布と,最適化された一般化 Γ-分布曲線
Figure 4
α-石英の (a) 3—7 μm, (b) 8—12 μm, (c) 18—22 μm 分画の累積粒子サイズ分布
観測された Si 111 反射のスピナー走査強度プロファイルを Fig. 5 に示します。 観測された強度プロファイルに見られる周期的なドリフトは,おそらく試料面のわずかな傾きによってひきおこされていると思われます。このドリフトを二次までのフーリエ展開によってモデル化します。 フーリエ級数 { ck } は,観測された強度データ { Ij } ( j = 0, ..., n − 1 ) から,次式で計算されます。
ck = n−1 | n-1 | Ij exp(−2πikj / n) |
Σ | ||
j=0 |
また,周期的なドリフトを次式で近似します。
(Idrift)j = | 2 | ck exp(2πikj / n) |
Σ | ||
k=−2 |
Fig. 5 には,計算したドリフトのプロファイルも示しています。
平均強度 〈I〉 は,ゼロ次のフーリエ級数 c0 からすぐに求まります。 ⇐ つまり,〈I〉 = c0 です。 残差 (δI)j = Ij − (Idrift)j の統計的な分散は,次式で計算します。
(ΔIobs)2 = (n − 5)−1 | n−1 | (δI)j2 |
Σ | ||
j=0 |
ここで,自由度が 5 減ることを仮定していますが,これは実数データの2次フーリエ展開は,元のデータから決定される5つの独立な係数(c−2, c−1, c0, c1, c2 の5つ)を含んでいるからです。
見積もられた分散の誤差 Δ[(Δ Iobs)2] は以下の式:
{Δ[(Δ Iobs)2] }2 = | n−1 | (δI)j4 / n2 − (ΔIobs)4 / n |
Σ | ||
j=0 |
によって計算しました。
粒子統計によって引き起こされた分散 (ΔIparticle)2 は,観測された分散 (ΔIobs)2 から,次式で計算されます。
ここで, (ΔIcount)2 は,計数統計によって引き起こされる分散であり, (ΔIcount)2 ≈ 〈 I 〉 と近似できます。
そして,有効回折粒子数 neff は,次式で計算します。
Table 3 に,Si 粉末(NIST SRM 640c)の回折強度データについて見積もられた平均観測強度 〈 I 〉 と統計分散 (ΔIobs)2 , 粒子統計に帰属される分散 (ΔIparticle)2 , 有効回折粒子数 neff = 〈 I 〉2 / (ΔIparticle)2 を記載しています。 分散の誤差を Δ[(ΔIobs)2] とすると,有効回折粒子数の誤差 Δneff は, Δneff ≈ neff Δ[(ΔIobs)2] / (ΔIparticle)2 で概算できます。
Fig. 6 には,Si 粉末について観測可能なすべての反射について,スピナー走査データから計算された neff sin θ の値と,既知の多重度 meff の値を示します。
スピナー走査データから計算された neff sin θ の値の変化は,明らかに meff の値の変化と非常に類似するものになっています。 このように「反射多重度に比例する挙動」を引き起こす可能性のある統計誤差の原因として,粒子統計誤差以外の要因を想定することは困難です。 したがって,このスピナー走査法によって,確かに粒子統計が評価できていると確信できます。 ⇐ これが重要な結論です。Fig. 6 を良く見て下さい。 一般的には,実験で観測された値に関する統計誤差の原因として,光源強度の変動や検出器感度の変動,ビーム行路の変動(機械的な振動によって変わる可能性がありますし,室温が変われば建屋や機械部品の熱膨張によって相対的なビーム行路が変わります),また電気回路を使って計測している限り,熱雑音,外来電磁波による雑音(EMI ノイズ),電源から伝わるノイズ(ライン・ノイズ),宇宙放射線や自然放射線の影響などの可能性があります。しかし,そのどれも結晶の反射多重度に比例する性格を持っていません。
まず第一段階として,式 (6) で表される静止試料形式に従って,有効結晶子径 D′eff を
D′eff = | ( | 3meff AwΦA | ) | 1/3 |
4π2neff μ0 R sinθ |
で計算します。 Si の各回折ピークについて,バルク線吸収係数を μ0 = 142.6 cm−1 と仮定し,装置パラメータ A = 32 mm2, w = 0.12 mm, ΦA = 5°, R = 185 mm として計算した D′eff の値も Table 3 に記載しています。
Fig. 7(a) に,Si について測定可能なすべての回折ピークについて見積もられた D′eff の値を回折角 2θ に対してプロットします。 スピナー走査測定から直接見積もられる「粒子体積」の相対誤差と比べると,「粒径」の相対誤差は 1/3 倍に抑制されることに注意してください。 ⇐ これも重要なポイントです。これは Δx が小さい値のとき,(1 ± Δx)1/3 ≈ 1 ± Δx / 3 の関係が成立することによります。かりに測定で見積もられた分散の値が正しい値の 2 倍あるいは 1/2 倍だったとしても,結晶子径の誤差は 25 % ∼ 30 % にしかなりません。 一般的に粒径評価は難しく,25 % ∼ 30 % の相対誤差でも,充分実用的です。 SEM 画像分析から見積もられた有効粒径が 〈Deff〉Si = 5.6 μm であったのに対して, D′eff の加重平均は,形式的に D′eff = 4.52 (6) μm と見積もられます。 有効回折粒子数 neff の誤差を Δneff とすると, 有効結晶粒径の計算値 D′eff の統計誤差 ΔD′eff は,ΔD′eff ≈ D′eff Δneff / 3neff により概算できます。
現時点では,回折角に依存する有効径 D′eff の系統的な挙動を表す先験的な数式を導くことは困難です。 しかし, de Wolff (1958) が示唆したように,このような依存性が,ここでは無視しているX線源の分光分布特性や,有限の受光スリット幅,装置収差の組み合わせによって引き起こされていることはありそうなことです。 系統的なずれが主に装置の影響によって引き起こされているのだと仮定すれば,異なる試料であっても,同じ条件で測定した場合には共通の較正曲線を適用できると期待できます。
D′eff を計算するときに使った「回折計の装置パラメータ」が不確かなものであることと,上記の系統的なずれを考慮すれば,有効粒径を評価するための形式は,以下の式を用いて修正すべきでしょう。
ここで (Deff)Si = 5.6 μm は SEM 画像解析で決定した値であり, 観測で得られた D′eff の値に適用すべき補正を (D′eff)fit と表します。
分光学的なブロードニングの効果は tanθ に比例し, 装置収差の影響の中では 1 / tanθ に比例する依存性が主なもの (Ida & Toraya, 2002) だと考えられるので, 本研究では,以下のように回折角 2θ に依存する形式を使って Si データに関する D′eff の系統的な挙動をモデル化します。
非線形最小二乗フィッティング法により最適化されたフィッティング・パラメータの値は, t0 = 0.62(19), t1 = −0.41(45), t2 = 1.33(3) と見積もられました。 Fig. 7(a) に描いたフィッティング曲線は,観測された系統的な挙動を良く再現しています。
したがって,有効径の較正値 Deff を見積もるための形式は,次式のようになります。
Deff = | [ | meff (138 μm2)(0.62/tanθ−0.41+1.33tanθ) | ] | 1/3 |
μ0neff sinθ |
式 (27) によって計算された有効径 Deff の値を Table 3 の最後の列と,Fig. 7(b) に示しています。 Si の異なる反射について比較すると,粗い D′eff の見積もりと比較して,較正値 Deff の一致は顕著に改善されています。
Table 3
Si 粉末 (NIST SRM640c) のスピナー走査測定の結果
Figure 5
Si 111 反射のスピナー走査強度プロファイル
Figure 6
Si の有効回折粒子数
neff
と
sinθ
の積と,既知の有効反射多重度
meff
Figure 7
(a) 仮定した装置パラメータで計算された Si 粉末 の有効径
D′eff
とフィッティング曲線
(b) Si 粉末の有効径,較正後の値
Deff
3分画の石英粉末試料のスピナー走査強度データを,Si 粉末試料と同じように解析しました。 ただし,有効回折粒子数 neff を計算する際にはバルク線吸収係数 μ0 = 89.81 cm−1 を用い, D′eff の計算の際には α-石英に関して既知の有効反射多重度 meff (Table 1) を用いました。また,Si データの解析により得られた較正曲線 (Deff)Si / (D′eff)fit を使って有効径 Deff を見積もりました。
3分画の石英粉末について観測された平均回折強度 〈 I 〉, 統計分散 (ΔIobs)2 , 粒子統計分散 (ΔIparticle)2 , 有効回折粒子数 neff = 〈 I 〉2/(ΔIparticle)2 , 有効径の粗い見積もり D′eff と較正後の値 Deff を Table 4, 5, 6 に記載します。
3つの石英粉末試料のそれぞれ 11 本の反射について求めた有効径の較正値 Deff を Fig. 8 に示します。100 反射について見積もられた値が,おそらく較正曲線の外挿に伴う誤差のために過大評価されているように見えること以外には, Deff に関して目立った系統的なずれは認められません。 ⇐ α-石英の 100 反射の回折角は 2θ ≈ 20.8° であり,Si の最低角 111 反射の回折角 2θ ≈ 28.6° より低角にあります。この場合較正曲線を外挿して用いなければならないので,信頼性のある結果は期待できないと考えるのが普通です。
式 (21) により計算される誤差値からの伝播に基づき見積もられた誤差は,やや過小評価されているように思われますが, 3—7 μm と 8—12 μm の石英粉末試料に関しては概ね許容範囲です。 18—22 μm の石英粉末試料について見積もられた Deff の値の不確かさの原因の一部は,今回の測定条件で回折に寄与する結晶子数 neff が,少ない数(たった 27 個から 107 個)であることによるかもしれません。 大きい結晶子に関するサイズ評価の精度は,照射体積 V を拡大し,確率 p を高めることにより改善され,これは測定条件を変更することで実現できる可能性があることが示唆されます。
式 (26) で示した較正式は「完全に具体的な理論基盤」を持っているというわけではありませんが,回折角依存性を取り除くことに成功していると結論できます。
石英粉末の 3—7,8—12,18—22 μm 分画試料について,SEM 画像解析から見積もられた有効径がそれぞれ 7.1,11.8,25.3 μm であったのに対して,加重平均 Deff の値は,それぞれ 6.5 (2),11.7 (2),22.8 (2) μm と見積もられました。 矛盾の原因は,スピナー走査データの解析というよりも,むしろ SEM 画像解析の際に用いた仮定に由来するかもしれません。 SEM 画像 ( Fig. 1 ) に見られるように,NIST SRM 640c Si 粉末は形状が不規則でサイズ分布の幅が広いので,粒子統計の評価の目的では理想的な物質ではないかもしれません。 もしより規則的な形状と狭いサイズ分布を持つ標準結晶性粉末が得られれば,より信頼性の高い解析を達成できることも期待できます。
標準粉末を使って有効焦点サイズを評価することにすれば,この方法はシンクロトロンや多層膜ミラーを使った平行ビーム光学系にも適用できます。 シンクロトロンX線源では焦点サイズが小さいことを期待できるので,シンクロトロンX線を用いることによりこの方法の感度を拡大できることが期待できます。
Table 4
石英粉末,公称 3—7 μm 分画のスピナー走査測定の結果
Table 5
石英粉末,公称 8—12 μm 分画のスピナー走査測定の結果
Table 6
石英粉末,公称 18—22 μm 分画のスピナー走査測定の結果
Figure 8
石英粉末の (a) 3—7 μm,(b) 8—12 μm,(c) 18—22 μm 分画試料について見積もられた有効径 Deff
この研究の結果,単純に試料をステップ回転させながら回折ピーク強度を記録するだけで,回折条件を満たす結晶子の数 neff を確かに測ることができることがわかりました。
3.2 節で示唆されたように,この方法によれば,結晶の対称性や原子配置に関する予備知識なしに,測定した反射の多重度に関する情報が実験的に得られます。
有効反射多重度は形式的に
f(θ) = | 4π2Rsinθ | [ | (D′eff)fit | ] |
3AwΦA | (Deff)Si |
と表されますが,較正曲線 f(θ) は標準試料の測定により決定されます。 この研究で用いた較正曲線の形式は,
f(θ) = | sin θ |
(138 μm2) (0.62/tanθ−0.41+1.33 tanθ) |
と単純化できます。
有効回折粒子数は,スピナー走査測定から直接
neff = 〈I〉2/(ΔIparticle)2
という式で計算できるということに注意してください。
吸収係数
μ0
は化学組成と密度から求まります。
そこで,
Deff
の値が決まりさえすれば,式 (28) を使って,有効反射多重度
meff
が計算できます。
Si 粉末と,8—12 μm 分画の石英粉末について,式 (28) と (30) を使って計算された meff の実験値と,既知の結晶構造から予測される値とを Fig. 9 にプロットします。 Si と石英の試料について,それぞれ SEM 画像解析で求められた Deff = 5.6 μm,12 μm という値を計算に用いています。
較正曲線は Si のデータに合わせて調整されているのですが,Fig. 9(a) に見られるように meff の予測値と実測値が良く一致していることは,標準試料や粒子径に関する知識がなくても,有効多重度 meff の相対値は,この手法で実験的に評価できることを示しています。
Fig. 9(b) は, 8—12 μm の石英粉末についてスピナー走査測定により評価された meff の値は, 結晶構造から予想された値とほぼ実験誤差の範囲内で絶対値が一致していることを示しています。 このことは,有効結晶子径がわかっていれば,結晶構造に関する知識がなくても反射多重度の絶対値が評価できることを意味しています。 meff の相対値を求めるだけなら, μ0 の値も Deff の値も必要ないので,ずっと簡単です。 したがって,この方法は未知構造を決定する際に有用な情報を提供するものと期待しています。
3.3 節の結果は,線幅広がり分析では評価することが不可能な数 μm の領域の結晶子サイズを,スピナー走査法によって確かに評価できることを示しています。 この研究で調査したすべての試料について,異なる回折ピーク対して見積もられた値は良く一致した値になっています。 このことは,結晶子がランダムに配向していることを仮定できる場合には,最強の回折ピークの測定で評価が完了するということを意味します。このために要する時間は数分程度でしょう。
さらに,各回折ピークの有効回折粒子数 neff は,原理的に回折面の法線方向が試料面の法線方向に一致する確率と厳密に比例するはずなので,複数の異なる回折ピークの測定をすれば,結晶子の選択配向もこの方法で評価できることが示唆されます。
スピナー走査データの解析から,一次元の粉末回折データが含む情報とほぼ独立な付加的な情報が得られるので,この方法を適用することによって,粉末回折データに基づく解析のどのような結果も改善することができます。 例えば,指数付けや構造解析によって得られた構造モデルの妥当性をテストするために使えますし,多相混合物の場合,主相の弱い回折ピークと不純物相の強い回折ピークとでは回折結晶子数 neff が異なるのでこれらを区別するためにも使えます。
最後に,スピナー走査法は,粉末試料だけではなく,焼結されたセラミックスや合金などの実用的な多結晶材料にも適用可能であることを指摘しておきます。
Figure 9
(a) Si 粉末と (b) 8—12 μm 分画の石英粉末試料の有効多重度。
試料回転アタッチメントの回転角に関するステップ・スキャンにより測定された粉末X線回折強度の統計的な性質について調査しました。
この方法により,粒子統計に帰属される統計分散を定量的に評価することができるということ,線幅広がり分析に基づく従来法では事実上不可能であった数 μm の領域の結晶子のサイズをかなり正確に評価できることがわかりました。
また,未知構造決定,構造解析,配向性評価,多層混合物の定性分析および定量分析などを含む粉末回折の多様な用途のいずれにとってもこの方法が有用であることが示唆されます。
この研究で用いた粒径 D に関する「一般化 Γ 分布」の確率密度関数は次式で表される。
fΓW(D) = | β | ( | D | ) | αβ−1 | exp | [ | − | ( | D | ) | β | ] |
Γ(α) D0 | D0 | D0 |
この分布について Dj の平均は,次式
〈Dj〉ΓW = | ∞ | Dj fΓW (D) dD |
∫ | ||
0 |
を解くことにより得られ,以下の解を得る。
一般化 Γ 分布モデルにおける粒子統計有効径は,
Deff = | ( | 〈D6〉 | ) | 1/3 | = D0 | [ | Γ(α+6/β) | ] | 1/3 |
〈D3〉 | Γ(α+3/β) |
で与えられる。式 (31) の一般化 Γ-分布 fΓW(D) は, β = 1 のとき通常の Γ-分布
fΓ(D) = | 1 | ( | D | ) | α−1 | exp | ( | − | D | ) |
Γ(α) D0 | D0 | D0 |
に帰着し,α = 1 のときには通常の Weibull 分布
fW(D) = | β | ( | D | ) | β−1 | exp | [ | − | ( | D | ) | β | ] |
D0 | D0 | D0 |
に帰着する。
一般化 Γ-分布の累積体積分率曲線は,次式
F(D) = | [ | 〈D3〉ΓW | ] | −1 | D | t3 fΓW (t) dt |
∫ | ||||||
0 |
を解くことによって得られ,
F(D) = P | ( | α + | 3 | ; | ( | D | ) | β−1 | ) |
β | D0 |
となる。
粒径 D の対数正規分布の確率密度関数は,
fLN(D; Dm, ω) = | 1 | exp | [ | − | (lnD - lnDm)2 | ] |
(2π)1/2ω | 2ω2 |
という形式を持つ。Dj の平均は,
〈Dj〉LN = | ∞ | Dj fLN (D) dD |
∫ | ||
0 |
を解くことにより得られ,以下の解を得る。
対数正規分布の粒子統計有効径は,
であり,累積体積分率は
F(D) = | [ | 〈D3〉LN | ] | −1 | D | t3 fLN (t) dt |
∫ | ||||||
0 |
を解くことによって得られ,
F(D) = | 1 | [ | 1 + erf | ( | lnD−lnDm−3ω2 | ) | ] |
2 | 21/2 ω |
となる。
2012年7月17日公開
2012年10月1日更新