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MDS における平行法回折光学系の実現


軌道放射光, 特に KEK-PF BL4B2 ビームラインで供給される単色性に優れたX線ビームを利用できることにより, 入射X線ビームの質の高さは保証されているのですが, 回折測定の目的では回折ビームの角度分解が入射ビームの分光と同じくらいに重要です。 つまり, 回折ビームの進行方向のわずかなずれによる強度の変化を鋭敏に検出するための角度分解システムを, 回折光学系として整備することが要求されます。


回折ビームの高精度な角度分解は, 実験室型粉末回折計の多くに採用されている集中法(焦点法)型回折光学系を用いた場合には, 容易に実現されます。 集中法型光学系の場合には検出器手前の位置で回折ビームが焦点を結ぶので, ここに細いスリットを設置しさえすれば高精度な回折角度分解が可能になるのです。 このことについての詳細を別のページ【集中法型粉末回折計】に記しています。

軌道放射光を用いた場合には入射ビームも回折ビームも回折赤道面内に沿っては平行に進行すると見なされ, 焦点法型回折光学系とはまったく異なる考え方で回折ビームの角度分解をする必要があります。 このために必要なシステムが平行法型回折光学系です。


一つの考え方は,検出器をなるべく試料位置から遠くに離すことでしょう。 しかし回折計が占有できるスペースは限られており, いくらがんばっても 1 m = 1000 mm くらいまでしか検出器を試料位置からは離すことはできません。

MDS が得意とする反射法による回折測定では, 試料上のビーム照射サイズが典型的には 10 mm くらいになります。 回折ビームと試料面のなす角が 90°付近の場合には, 回折ビームの断面は照射サイズと同じ大きさの太いものです。 これでは最悪のケースで 1/100 ラジアン = 約 0.6 °くらいの分解能しか実現できません。


高分解能の平行法回折光学系を実現するために有効な方法の一つは, 回折ビームの断面強度にもとづいて回折角度を分解する代わりに, 狭い間隔で金属箔を積層した平行平板型のスリットを使用して, 回折ビームの進行方向角度そのものを分解することです。

ただし,軌道放射光ビームの平行性を活かすための寸法は, 箔を 1 mm以下のかなり狭い間隔で配置しても長手方向に数百 mm とかなり長大なものになり, 可動範囲が制限される上に回折計の軸にかかる重量負荷も相当なものになります。

このタイプのスリット(長尺スリット)は実際に虎谷らにより製作され, BL4B2 実験ステーションに保管されています。 MDSでは6本ある検出器アームのうちの1本だけこの長尺スリットを設置できるようになっています。


実際には MDS を用いたほとんどの測定では基本的に単結晶アナライザを用いて回折ビームの角度分解をおこないます。 BL4B2 実験ステーションには Si 111 結晶と Ge 111 結晶がそれぞれ6組用意してあります。 Si 111 結晶の方がやや鋭い角度分解能を持ちますが, 得られる回折X線強度との兼ね合いから Ge 111 結晶を用いる方が有利な場合が多く, 最近ではほとんどの測定で Ge 111 結晶アナライザが使用されています。


軌道放射光を用いた粉末回折計で回折X線の角度分解のために結晶アナライザを利用することは MDS が初めてではないのですが, このデザインの平行光学系回折計について, 装置収差を正しく表現する明確な装置関数の数学的な形式は世界で初めて筆者らにより導出され, KEK-PF BL4B2 MDS を使用して実験的にもその妥当性が検証されました。

この結果は KEK-PF BL4B2 MDS に限らず, 結晶アナライザを用いた軌道放射光粉末回折計のすべてに一般的に適用できるものです。 装置収差の明確な数学モデルが得られたことにより, 元来が高精度な MDS 回折計により得られたデータの実質的な価値が飛躍的に高められる結果となりました。 つまり,装置から導入される系統誤差の大部分が既にわかっているわけですから, その系統誤差に関しては実質的には存在しないのと同等とみなすことができるのです。


2006年9月25日
名古屋工業大学
セラミックス基盤工学研究センター
井田 隆

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