名古屋工業大学
先進セラミックス研究センター
井田 隆
名古屋工業大学 環境材料工学科 3 年次授業「マテリアルデザイン」の講義ノートです。
NOT 演算を電子回路で実現するためには,「入力が 0 V なら +5 V を出力し,入力が +5 V なら 0 V を出力する」回路を作ればよいことになります。そのような回路のことを NOT 回路と呼びます。NOT 回路を作る方法は一通りではなく,いろいろな作り方があります。例えばリレー(電磁石でスイッチを開閉する素子)や真空管,トランジスタと抵抗器の組み合わせでも NOT 回路を作ることができます。しかし実際に VLSI (超大規模集積回路,very large-scale integration, 数十万個以上の素子が搭載されている IC チップ)で使われている NOT 回路では CMOS という素子が使われていて,記号で表現すると,図 1.1 のようになります。
図 1.1
CMOS による NOT 回路
図 1.1 の中で, の記号は,「+5 V の電源」のプラス側の端子に接続することを表しています。また, の記号はアース(地球)earth あるいはグランド(地面)ground と呼ばれ,実際には「+5 V の電源」のマイナス側の端子に接続します。 図 1.1 中で, の記号と の記号とは MOS-FET (金属酸化物半導体電界効果型トランジスタ metal-oxide-semiconductor field-effect transistor) を表しています(図 1.2)。
図 1.2
MOS-FET の回路記号
MOS-FET には「 P - チャンネル」と「 N -チャンネル」の2種類があり,それぞれ PMOS, NMOS と呼ばれます。一つの基板上に両方のタイプのトランジスタを作り込んで組み合わせて使うものを相補型金属酸化物半導体 CMOS (complementary MOS) と呼びます。実際の MOS-FET の構造は図 1.3 のようになっています。
図 1.3
MOS-FET の構造。P 型 Si 基板上に作製される場合。
MOS-FET は金属電極と半導体基板の間を薄い酸化物層で遮った構造を持ちます。FET から出ている3本の線にはそれぞれ名前がついていて, Source (水源),Drain (排水管),Gate (水門)と呼ばれます。 FET は,ソースからドレインへの荷電担体(carrier)の移動を,ゲートにかける電圧で on/off する「スイッチ」の働きをもっています。PMOS では荷電担体が正孔なのでソースからドレインに向かって電流が流れますが,NMOS では負電荷を持つ電子が荷電担体なのでドレインからソースに向かって電流が流れます(電子はソースからドレインに流れます)。
図 1.1 の NOT 回路では入力電圧が 0 V のときPMOS が ON,NMOS が OFF になるので出力電圧は +5 V となります。また,入力電圧が +5 V のとき PMOS は OFF,NMOS が ON になるので出力電圧は 0 V となります。
FET のはたらきは,図 1.4 のようにスイッチに置き換えて考えれば理解しやすいでしょう。たとえば,入力電圧が 0 V のとき,PMOS のソースとゲートの間に電圧がかかりますから,PMOS のソースからドレインへと電流が流れることができるようになりますが,NMOS のゲートとソースの間には電圧がかからないので,NMOS のドレインからソースへは電流が流れられません。このとき出力端子から見ると 5 V 端子との間のスイッチが閉じて,0 V 端子との間のスイッチが開くのと同じことになるので出力が 5 V となります。入力電圧が 5 V のときには逆に PMOS が絶縁,NMOS が導通状態になるので,出力側から見ると 5 V との間に挿入されているスイッチが off,0 V との間に挿入されているスイッチが on になるので,出力電圧は 0 V になります。
図 1.4
NOT 回路の MOS-FET をスイッチに置き換えて考える。
NOT 回路のはたらきは,図 1.5 のように,「つねに聞いたことと反対のことを言う人」と同じことです。
図 1.5
NOT 回路のはたらき。つねに聞いたことと反対のことを言う人と同じこと。
一つのNOT 回路ごとに図 1.1 のような回路図を描くと複雑になりすぎるので,実際の論理回路では,NOT 回路をひとまとまりとして,図 1.6 のような記号であらわします。現在一般的に使われている記号は MIL (Military) 記号と呼ばれるものです。実際の回路では NOT 素子は電源の +5 V と 0 V の端子に線でつながないと働かないのですが,MIL 記号を使って論理回路を描くときには電源の +5 V と 0 V に接続する線は省略します。
図 1.6
NOT 回路(ゲート)の MIL 記号
また,NOT 回路は「NOT ゲート」あるいは「NOT 素子」,「反転回路」「inverter」とも呼ばれます。「NOT ゲート」と呼ばれる事が多いのですが,同じ gate という言葉が 「FET のゲート端子」 とは違う意味で使われているので注意してください。
2011年4月17日公開
2013年4月5日更新