井田 隆研究/2003 年度業績


1.学術論文

[1] "Deconvolution of instrumental aberrations for synchrotron powder X-ray diffractometry"

T. Ida and H. Toraya
J. Appl. Cryst., 36(2), 181-187 (April 2003).
シンクロトロン軌道放射光を用いて収集された粉末回折データについて, 回折ビームの軸発散収差によるピーク位置のシフトとピーク形状の変形とを フーリエ変換に基づいたデコンボリューション法により除去する方法を開発した。 横軸のスケール変換と高速フーリエ変換アルゴリズムを用いることにより, 広い回折角範囲にわたる粉末回折データから, 軸発散収差の影響を同時に短時間に除去することができる。 また,軸発散収差除去後のピーク形状に含まれる非対称性も, 経験的なモデル化に基づいて,まったく同様の方法で除去できることを示した。

[2] "Quantitative basis for the rocking-curve measurement of preferred orientation in polycrystalline thin films"

H. Toraya, H. Hibino, T. Ida and N. Kuwano
J. Appl. Cryst., 36(3), 890-897 (June 2003).
粉末X線回折法を用いて, 多結晶性の薄膜における微細な結晶の配向性を定量的に評価する方法を示した。 回折測定には傾斜積層型多層膜反射ミラーあるいはシンクロトロン軌道放射光を 用いた平行ビーム光学系を用いる。 入射角を変化させて特定の回折ピークの回折強度プロファイルを測定し, ピーク形状分析によって見積もられた積分強度の入射角依存性から, わずかな配向性を高感度に検出することができる。

[3] "デコンボリューションによる粉末X線回折データからの装置収差の除去"

井田 隆
日本結晶学会誌 45(4), 249-255 (August 2003)
一般的に,実験的に得られる強度データが,試料固有の本質的な強度分布形状と, 測定装置の影響をモデル化する関数(装置関数)との畳み込みであらわされることを示し, このことに基づいて装置の影響を除去するための新しい方法を提案した。 粉末X線回折データの場合には畳み込み関係は局所的にしか成立していないが, 横軸に適切なスケール変換を施せば個々の装置収差については大域的な畳み込み関係が成立すること, さらにフーリエ変換を用いたデコンボリューション法により, 主要な装置収差のすべてを除去することができることを示した。

[4] "Diffraction peak profiles from spherical crystallites with lognormal size distribution"

T. Ida, S. Shimazaki, H. Hibino and H. Toraya
J. Appl. Cryst., 36(5), 1107-1115 (October 2003).
球形の結晶粒が対数正規サイズ分布に従う場合の理論回折ピーク形状を 正確に計算するための方法を示した。 このピーク形状は特定の分布幅を持っている時は Lorentzian に近い形状になるが, 分布幅が極端に広い場合には Lorentzian よりもピーク付近が尖鋭で裾が 長い "super-Lorentzian" 形状となる。 この理論回折ピーク形状を実測の回折ピーク形状にあてはめることにより, 結晶粒の平均的なサイズだけでなく分布の広さまで評価できる。

[5] "New approach to eliminate the instrumental aberrations from powder X-ray diffraction data based on a Fourier method"

T. Ida
Rigaku J., (in press).
フーリエ変換を用いたデコンボリューション法により, 実験室で最も広く用いられている Bragg-Brentano 集中法光学系に基づいた 粉末X線回折計によって測定された粉末回折データから, 主要な装置収差をすべて除去することができる新しい方法について示した。 従来用いられてきた Stokes (1948) の方法と比較すると, 標準試料の測定が不要であること, 広い角度範囲にわたって重なったピークにも適用できること, 誤差評価が可能であることなどの多くの面で有利であることを示した。


2.講演

[1] "粉末X線回折法の新展開−平均結晶構造の推定から微構造評価へ−"

井田隆
黒田シンポジウム,東京(2003 年 4 月).
粉末X線回折法により結晶としての平均的な原子配列や電子密度分布を評価する方法は既に確立されつつあるが, 近年ではさらに微構造(結晶粒のサイズやひずみ,配向性)を評価する方法に大きな進展がある。 われわれが独自に開発した方法により,測定データから装置の影響を除去すること, 平均的な結晶粒サイズだけでなくその分布を評価すること, さらに積層不整が含まれる結晶性粉末について, 積層不整の出現頻度と結晶の微小歪みをも同時に評価することが形式的には可能である。 微構造モデルに基づいた回折ピーク形状モデルを用いれば, 実測の回折ピークの位置と形状を統計的な誤差の範囲内で忠実に再現できることを示した。

[2] "加熱による金微粒子/石英ガラス系の色調と構造の変化"

宮川達郎,井田隆
第 27 回東海若手セラミスト懇話会夏期セミナー,岐阜(2003 年 6 月).
合成石英ガラスにスパッタ蒸着により形成された金の薄膜は, 200 ℃ ていどの加熱で青色から赤色に色調が変化する。 本研究では加熱前後について分光スペクトルと粉末X線回折測定を行い, 回折ピーク形状分析から平均粒径と粒径分布の変化を調べた。 加熱後の試料では明らかに粒径の増大が認められ, 光学スペクトルの変化を 定性的に説明することができた。

[3] "対数正規サイズ分布に従う球形結晶粒からの回折ピーク形状"

井田隆
第 27 回東海若手セラミスト懇話会夏期セミナー,岐阜(2003 年 6 月).
球形の結晶粒のサイズが対数正規分布に従うとき, その理論的な回折ピーク形状の Fourier 変換は誤差関数を用いた 解析的な形式で表現することができるが, 回折ピーク形状そのものについては解析的な解が得られない。 ピーク形状を数値積分を使って計算することはできるが, 通常の求積法で正確な値を得ることはやはり困難である。 しかし,積分変数を適切な方法で置換することにより, 少ない項の数値積分でも正確な値を得ることが可能であり, そのような方法で得られるモデル回折ピーク形状を用いたフィッティング法により, 実測の回折ピーク形状から結晶粒の平均的なサイズと分布の幅を評価することができることを示した。

[4] "Evaluation of microstructure parameters from powder x-ray diffraction data"

井田隆,虎谷秀穂
International Crystallography Meetings, AsCA'03, Broome, Australia (August, 2003).
粉末X線回折法により得られた回折強度データから,結晶子サイズ,積層不整出現頻度, 相対歪みなどの微構造パラメータを評価する方法について発表した。 はじめにフーリエ変換を用いたデコンボリューション法を適用して装置の影響を除去する。 つぎに予備的なピーク形状分析の結果得られるピーク位置のシフトから積層不整出現頻度を評価し, さらに対数正規サイズ分布にもとづく理論ピーク形状と 積層不整理論に基づくピーク形状, Gauss 型関数とを畳み込んだモデル関数を用いてピーク形状を分析し, この結果として微構造パラメータを形式的に求めることができる。

[5] "フタロシアニンを含むフレキシブルな単結晶"

山門英雄,奥野祐之,佐藤文治,井田隆,虎谷秀穂
分子構造総合討論会 2003,京都(2003 年 9 月)
1-クロロナフタレン溶媒中,n-Bu4N PF6 を支持電解質として, フタロシアニン(H2pc)の電解酸化により化学組成 H2pc(PCl0.5F1.3O4.1)0.3 を示す微細な針状晶を得た。 同様の方法で作製されるフタロシアニンの酸化塩はもろく折れやすい性質を示すのに対して, この結晶は極めて高い柔軟性を示すことが見出された。 軌道放射光を用いた粉末回折法および単結晶X線回折法により, 結晶構造を決定した。 この結晶の空間群は R3-,格子定数 a = 36.866(33) Å, c = 4.872(4) Åであり,この結晶構造は従来知られていたフタロシアニン化合物の結晶構造とは 全く分子配列が異なり3回対称性を持ち, また ab 面内で隣り合う分子が交互に波打つように配列してシート状の構造を作っていることが明らかになり, このことがこの結晶の力学的な柔軟性をもたらしていると推定された。

[6] "Evaluation of microstructure parameters of SiC powder by x-ray diffraction method"

井田隆,日比野寿
The 5th International meeting of pacific rim ceramic societies, Nagoya, Japan (October, 2003)
窒化ケイ素 SiC の結晶は積層不整を含む場合が多いことが知られている。 粉末X線回折データから SiC 微粉末試料の結晶子サイズ,積層不整出現頻度, 相対歪みなどの微構造パラメータを評価することを試みた。 デコンボリューションによる装置収差の除去,微構造モデルに基づいたピーク形状モデルを適用することにより, 形式的には積層不整の出現頻度 0.0082(11), 面積加重平均結晶粒径 17-20 nm,体積加重平均結晶粒径 250-780 nm, 相対歪み 0.0025(2) と仮定すれば実測の回折強度データを良く再現できることを示した。

[7] "Super-Lorentzian 領域のモデル回折ピーク形状関数"

井田隆
日本結晶学会 2003 年度年会, 熊本(2003 年 12 月)
結晶粒のサイズが対数正規分布にしたがい分布の幅が広い時には, 理論的な回折ピークの形状が Lorentzian 関数で表される形状と比較して さらにピーク付近が尖鋭で裾が広いものになる。 このようなピーク形状は "super-Lorentzian" 形状と呼ばれる。 対数関数あるいは逆正接関数を用いて "Super-Lorentzian" 形状を再現するような 経験的なモデル関数の数学的な形式を見出した。 分布幅が極端に広くない場合にはそのような関数を用いても 対数正規サイズ分布に基づく回折ピーク形状を良く再現でき, 計算の効率を向上することができることを示した。

[8] "Bragg-Brentano 型回折計による回折ピーク位置の精密評価"

中田博之,井田隆
日本結晶学会 2003 年度年会, 熊本(2003 年 12 月)
Bragg-Brentano ジオメトリの集中法光学系に基づいた標準的な粉末X線回折計を用いて, 内部標準を用いない方法で高精度に回折ピーク位置を評価することを試みた。 測定に用いた回折計の主要な装置収差の影響をデコンボリューション法を用いて除去することにより, ピークシフトの回折角依存性はゼロ調整誤差と試料面の偏心, わずかな 360°周期のずれ,軸発散収差の補正によってモデル化され, 格子定数を 0.05 % ていどの誤差で見積もることができることがわかった。

[9] "加熱による金薄膜の色調変化と粉末X線回折を用いたその微構造評価"

宮川達郎,井田隆
日本結晶学会 2003 年度年会, 熊本(2003 年 12 月)
金の薄い蒸着膜は加熱により色調が青から赤へ変化することが知られている。 本研究では粉末X線回折法を用いて金薄膜の微構造を評価し, 分光スペクトルの変化の定量的な解析を試みた。 対数正規サイズ分布を仮定して, 回折ピーク形状分析から加熱前後の試料について結晶粒の平均的なサイズとその統計的な分布を見積もった。 加熱によって結晶粒径は増大し,実測された分光スペクトルの変化が定性的に説明された。 特に加熱前の試料の分光スペクトルにおいて観測されたブロードな表面プラズモン吸収の形状が, 粒径分布を取り入れた理論モデルにより良く再現されることを示した。