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粉末回折計としての MDS


MDS は粉末回折法による高精度な回折実験を目的として設計されています。


純物質の最もエネルギー的に安定な構造は(ヘリウムを除けば)「結晶」の状態です。 結晶の構造を正確に調べるには, 一粒の単結晶(粒全体にわたって原子が規則的に配列している状態)を使った回折実験(単結晶回折法)が理想的な方法です。

単結晶試料の場合には, X線を照射した場合にどの方向にどのような回折がおこるかということを, 結晶試料そのものの方位と直接関係づけることができます。 したがって,原理的には豊富な情報を含む3次元のデータとして回折強度データが得られます。 また,回折実験に適した単結晶試料を育成する過程で自動的に試料の純度が高められるという面もあります。

構造と物性との関係(構造物性)を精密に調べる目的では,良質な単結晶試料を準備して, 単結晶回折法による実験を行うことが極めて重要です。


ところが実用的な材料の多く(金属,セラミックスなど)は「多結晶体」と呼ばれ, 小さい結晶粒が集合した状態になっています。 現実の材料は不純物を含んでいたり,二相以上の異なる結晶相に分離していたり, 非晶質相が含まれていたり,結晶粒が応力により歪んでいたりします。

結晶としての構造の乱れや不純物の混入は意図せずに生じる場合もありますが, 要求される材料特性から意図的に導入される場合もあります。 正確な結晶構造解析をするためには「悪い試料」であっても, 実用的には「良い材料」だという場合も多いのです。

微粒子」も顕著な例ですが, この場合,基本的には結晶性の物質であっても表面や界面では構造の並進対称性が満たされず, 本質的に結晶としては「不完全なもの」だとみなすこともできます。 つまり, 微粒子を原料や製品として応用しようとする場合には, 結晶として不完全であること自体に価値があるとも言えるわけです。

材料の機能性と構造評価を結びつけるための研究を行う場合に, 多結晶体試料や微粒子試料も扱える「粉末回折法」は単結晶回折法の単なる代替手段ではなく, 本質的に必要不可欠なものなのです。


純物質を対象とした構造物性研究が目的であっても, 物質によっては実験に適した大きさの単結晶を得ることが極めて困難な場合が少なくありません。 使える回折装置や試料の化学組成,構造の複雑さなどにもよるのですが, 正確な構造推定を目的とした場合, おおまかな目安としては,単結晶回折実験に適した結晶の大きさは 100 μm 前後, 粉末回折実験に適した結晶の大きさは 1μm〜数μm と言われています。

物質によっては双晶になりやすく,ふつうの結晶育成法では単結晶が得にくい場合もあります。 室温で単結晶が得られても,試料の冷却によって出現する低温相では双晶となり, 単結晶法により測定された回折データの解釈が困難になる場合もあるそうです。


粉末回折法によって得られる回折データは単結晶法に比べるとやや情報が少なくなってしまうのですが, 限られた情報から構造モデルを推定しその信頼性を評価する技術は, 計算機技術の進歩にともなって最近では飛躍的に向上しています。

単結晶回折法の信頼性が高いといっても実験誤差はゼロにはなりえないわけですから, 構造物性研究において「推定される構造の信頼性が物性の議論に関して必要な条件を満たしている」のであれば, 「適当な大きさの単結晶を育成することが困難な場合の構造評価法として粉末回折法を採用する」という考え方もまったく理にかなっています。


構造を正確に評価する目的での単結晶回折法の重要性を軽視するべきではありませんが, 最近特に粉末回折法の重要性が高まっていることにはこのような背景があると筆者は考えています。


2006年9月25日
名古屋工業大学
セラミックス基盤工学研究センター
井田 隆

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