実験で得られる強度データは必ず誤差をともなっています。この実験誤差には何回測定しても同じようにずれるタイプの誤差(系統誤差)と,測定のたびごとにランダムに値がばらつくような誤差(統計誤差)とがあります。 系統誤差のうち,装置のみに由来する性格を持つ誤差は,標準試料を使った較正実験で取り除けます。目的の試料と標準試料とをまったく同じように測定して,標準試料の測定結果から,本来とるべき値と測定された値とのずれを調べ,その結果を使って目的の試料の測定結果を補正すれば良いはずです。 しかし通常の粉末X線回折測定では,試料の位置(試料面の高さ)のずれや吸収係数の違い(透過性)によって観測されるピーク位置が変化します。 注意深く試料を準備すれば概ね数十μm以下に試料面高さは揃えることができるのですが,その程度のずれでもわずかにピーク位置のずれは観測されます。 かりに目的試料と吸収係数の近い標準試料を準備できれば透過性の問題は解決できるはずですが,粉末試料の場合,粉末の充填率によって透過率も変わるので,そこまで揃えた標準試料を準備する事はかなり難しいでしょう。 この問題を解決する方法の一つが「内部標準法」と呼ばれる方法です。この方法では,目的試料の粉末と標準試料の粉末を均一に混合した粉末試料を作成して測定を行います。この方法が最も信頼できると思われていますが,高価な標準試料が使い捨てになってしまいますし,逆に目的の試料ももう他の目的では使えなくなってしまうという欠点もあります。 もう一つの方法は,系統誤差も含んだ計算モデルを使う事で,実験データから誤差モデルの含むパラメータも最適化します。 統計誤差は,繰り返し測定をして平均をとることで減少させることができます。しかしこの誤差の大きさは繰り返し測定の回数の平方根に反比例するのが普通なので,たとえば誤差を 1/10 にしたければ 100 回の繰り返し計算をしなければいけないことになります。ですから,実際にはある程度の統計誤差が残った状態でデータ解析が行われます。また,あらかじめ統計誤差がわかっていれば,誤差の逆数で重みをつけた最小二乗法を適用すれば最も尤もらしい解が得られます。 リートベルト法は本来原子炉から発生する中性子をX線の代わりに使った中性子回折実験という特殊な実験で得られた強度データを解析するために考案された方法ですが,その後X線を使った粉末回折データの解析にも使われるようになりました。 中性子とX線とは似ているのですが,かなり性格が異なるところもあります。中性子は物質との相互作用が弱く,X線に比べて透過力が強い性格を持ちます。測定に必要な試料の量はかなり大量であり,中性子にさらされる試料の体積もたとえば 1 立方センチメートル程度の相当な大きさになります。ところが典型的な物質の場合,X線が侵入できる深さは 0.1 mm 程度なので,断面が 1 平方センチメートルのビームを使っても,X線にさらされる試料の体積は 0.01 立方センチメートルにしかなりません。 粉末回折法は,試料中にランダムな向きを向いた結晶粒が相当な数含まれることを前提としていて リートベルト法が使われる前から, 粉末X線回折データの場合には,「統計誤差があらかじめわかっている」ことが実際上ありえないということが問題になります。